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自由学園明日館

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東京築古組デザイン分科会企画のイベント

建物探訪シリーズの第一弾

池袋にある自由学園明日館の見学に行きました。(7・11)

自由学園というと個人的には非常に懐かしい思い出があります。

学生時代の研究室の助手の先生が自由学園に物理学を教えに通っていました。

その時、自由学園の中の学生は非常に素朴で普通の学生さんとは違うんだよ〜

とお伺いしていました。

そんな自由学園明日館(みょうにちかん)は あの!!

フランクロイド・ライト

が設計したのです!!



自由学園明日館HPから下記を引用

自由学園明日館(みょうにちかん)は、1921年(大正10)、羽仁吉一、もと子夫妻が創立した自由学園の校舎として、アメリカが生んだ巨匠フランク・ロイド・ライトの設計により建設されました。
 明日館建設にあたり羽仁夫妻にライトを推薦したのは遠藤新。帝国ホテル設計のため来日していたライトの助手を勤めていた遠藤は、友人でもある羽仁夫妻をライトに引きあわせました。夫妻の目指す教育理念に共鳴したライトは、「簡素な外形のなかにすぐれた思いを充たしめたい」という夫妻の希いを基調とし、自由学園を設計しました。
 
 空間を連続させて一体構造とする設計は、枠組壁式構法(2×4構法)の先駆けとの見方もあります。木造で漆喰塗の建物は、中央棟を中心に、左右に伸びた東教室棟、西教室棟を厳密なシンメトリーに配しており、ライトの第一期黄金時代の作風にみられる、高さを抑えた、地を這うような佇まいを特徴としています。プレイリースタイル(草原様式)と呼ばれるそれは、彼の出身地・ウィスコンシンの大草原から着想を得たもので、池袋の界隈に開放的な空間を演出しています。道路を隔てた南西には、300人収容できる遠藤新設計の講堂がならび、重要文化財・自由学園明日館は構成されています。
 
 1934年(昭和9)に自由学園が南沢(東久留米市)に移転してからは、明日館は主として卒業生の事業活動に利用されてきました。その後、明日館の歴史的、芸術的価値が評価され、1997年(平成9)5月、国の重要文化財指定を受けました。関東大震災や第二次世界大戦の空襲からも免れた明日館でしたが、80年の歳月のなかで老朽化が顕著になったため、1999年(平成11)3月から2001年(平成13)9月まで保存修理工事が行われ、同年11月に再開業いたしました。






なんと木造建物なのです!!

外形はこんな感じです。

芝生が真ん中に生えていて、その奥に東西

南北にコの字型に建物がたちます。

食堂室です。

照明が独特です。

何というか、非常に幾何学的です。
支柱は屋根勾配の逆角度で引っ張ってきています。

これはホールです。
このホールは遠藤が設計して造ったもの。
遠藤は、フランクロイド・ライトのお弟子さんだった方で
非常に違和感なく本体建物とマッチしています。



この明日館

実は、以前、大改修(〜2001年)を行ったそうです。


改修の図面がいたるところに展示されています。

技術的に参考になる点が多く、

またフランクロイド・ライトの設計した建物も

以外にチープな造りだったり・・・という事も体で感じることができました。

この建物、非常に古いのですが

管理思想に共感しました。

「動態保存」

つまり、建物を各種イベント(結婚式や展示会や打ち合わせ室など)で使いながら保存していく。

何も使われない、ただの飾りとしての国宝建造物ではなく

実際我々も使う事が出来るのです。

建物は使ってなんぼの世界

そんな思想が見え隠れします。

非常に共感しました。





この建物へ向かう途中

こんな建物を発見しました。


これも

『動態保存』

です。





さて、次の東京築古組のデザイン分解会

建物探訪シリーズ


にする予定です。

また、ここには 岡本太郎美術館が隣接します。

つまり、「昔」と「未来」のデザインが隣接しているのです。

日時は 秋 9〜10月 予定です。

お楽しみに。





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at 22:40, ooyagaku, 教科書

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